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023_Z.Tさん 東京の緑を守り続けた45年 

麻布の生まれ
田尻善次郎さんは、港区の霞町(現在の西麻布三丁目付近)に次男として誕生した。戦時中も疎開せず、家族全員何とか無事に戦後を迎えた。
戦後の昭和20年9月に戦後の特例として1年短縮で農学系の学校を卒業し、昭和21年に東京都に就職した。東京の町中の公園や山の自然公園の設計、施工、管理を続けた後、退職後は緑の相談所で市民の相談相手を担当した。

初めての仕事
初めての仕事は、小平霊園の測量、設計、開墾、造成、区画整理。雑木林を開墾し、現在のような霊園にして市民が使用するまでに五年の歳月がかかった。その広さは650000㎡。
次に赴任したのは、井の頭文化園。ここでは、園内の施設の管理で、田尻さんがいた時に、上野動物園から象の花子やってきた。ところが、この後昭和30年頃に人を踏み殺すという事故が二度起きた。象はとてもデリケートな動物で、殺された人はともに象にいたずらしようと酔っ払って象舎に侵入したのだ。
また、公園のトイレや池で自殺者がいると、警察が来るまで見張っていなければならず、とてもいやだった。

山の仕事
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